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柳田國男『先祖の話』を読む会 設立趣旨

私たち「石屋の良心」として、今、なぜ柳田國男の『先祖の話』なのか。


 「日本民俗学の父」といわれた柳田國男先生は、ぼうだいな民俗資料に基づき、また、まれにみる豊かな「感性」によって、日本人の「神」という観念について、先祖や祖霊を古来日本人はどのように考えてきたかという民俗学の観点から、日本人の固有信仰として解明されました。

 『先祖の話』の要点をかいつまんでいいますと、キーワードは「祖霊」にあります。
 「祖霊」とは私たちの「先祖の霊」、もっと身近にいうと「亡くなった家族の霊」が、33年、49年、50年の間に浄化されて「祖霊」化したもので(同書「51 三十三年目」)、この祖霊は「氏神様」と融合し一体化して、遠くには行かず、あるときには「山の神」となり、また「里宮」にまつられ、田植え時には「田の神」となるなど、いつも身近なところで子孫を見守り続け、しかも、あの世とこの世をしょっちゅう行き来している(同書「64 死の親しさ」)、というのです。

 そして、お盆のお墓参りの時に、墓前の火を家に持ち帰って先祖の霊をお迎えする習慣(同書「59 このあかり」)や、お墓は先祖をまつる「祭場」であり、氏神様をまつる神社(=鎮守の森)と同じですが、そのちがいは、33~50年までの荒魂(荒忌みのみたま)をまつる所がお墓で、浄化された祖霊が氏神様としてお祭りされるのは神社であること(同書「56 墓所は祭場」)、またお正月とお盆の行事がほとんど同じ「先祖祭」であったこと(同書「21 盆と正月の類似」)など多くのことを解き明かされ、日本人がどれほど「ご先祖様」をお墓やお位牌(お仏壇)、神社で大切にお祭りしてきたかが強調されています。

 中でも特に大切なことは、ご先祖様は子孫を見守るだけでなく、子孫の苦しみや悩みから救う「こころざし」があり、それを実現する「力(霊力)」があるという点で、これが日本人の固有信仰を特色付けている、と柳田先生はこの本に述べられて、民俗学の立場からこれを「先祖教」と呼んでおられます(同書「64 死の親しさ」)。

 おそらくこの様な先祖観を持った民族は世界でも他に例がないのではないでしょうか。つまり、日本人の「ご先祖様」は世界に誇れる精神文化遺産ではないか、と私たちは確信しています。

 しかしこの素晴らしい遺産を現代に生きる私たちは、60数年前の敗戦の荒廃と混乱からの復興に必死であったためすっかり忘れて、親から子へ、子から孫へと伝えてこなれかったのですが、すでに日本は世界有数の経済大国になり、生活のゆとりも想像以上に豊かになった現代でも、この豊かな心を置き去りにして、ご先祖様の意味を思い起こそうとしていません。

 これでは「宝の持ち腐れ」で、あまりにももったいなく、とても残念なことです。

 現代の私たちがもし、ご先祖様をお祭りしてご先祖様を大切にすれば、ご先祖様はお祭りしてくれる子孫の私たちを加護(見守り)し、悩みや苦しみを救って下さるというのです。つまりこの様に、ご先祖様と子孫の私たちは、お互いに「幸せ」を交換し合いながら「共生」していることがわかれば、お墓参りも、お仏壇でのおつとめも、神社のお祭りや初詣をすることで、より強固な「家族の絆」を確かめ合うことができますし、また家族の「死」を通して「生命」の大切さを知れば、どれほど幼児期から青少年期の健全な心をはぐくむ真の教育になるか、はかり知れないからです。

 昨今、頓に増加している「誰でもいいから殺したかった」というような犯罪が生まれるのは、「生命」の軽視と「死」の尊厳さを軽んじた現代の病理といえますが、こうした「先祖まつり」の意味(「おかげさまで」や「ありがとう」という「報恩」の気持ち)が、家庭内から失われ、わからなくなったことに、その一因があるような気がしてなりません。

 私たちはお墓と墓守のお手伝いという仕事を通じて、長年、多くの方々と接してきましたが、こんな時代の「今」だからこそ、お墓参りをし、お仏壇で手を合わせ、近くの神社のお祭りや初詣をされている全国の方々に一人でも多く、柳田國男先生が終戦直後に渾身の意味を込めて出版された『先祖の話』の内容を知っていただけたら、こうしたお墓参り、お仏壇のおつとめ、神社のお祭り、初詣がどんなに素晴らしい、有意義なひとときとなるか、と考えると、私たち石屋(墓石店)としては、「商売上の損得勘定を抜きにして、この本を一人でも多くの人々に読んでいただきたい」と心から思うようになりました。

 そして全国の石屋の有志が集まり、ささやかな「石屋の良心」ですが、柳田國男『先祖の話』を読む会を立ち上げ、私たちの趣旨にご賛同いただける全国各地の有識の先生方に、この本の読書会を開いていただけるようお願いすることにしました。この町の小さな読書会がやがて全国に拡がって、もしも一つの「国民的な運動」にまで発展するようなことが実現しましたら、望外の喜びですし、どんなに素晴らしいことかと希望をふくらませています。

 ところが、この本は(単行本は現在、絶版で、古書でしか入手できません)、私たちが今あらためて読んでみようとしても、旧漢字、当て字、旧仮名づかいが多いことと、ひと昔の前の生活習慣の用語などが多くあって、現在ではすぐに理解しにくい箇所がたくさんあり、とても容易には読めませんでした。

 そこで、著作権承継者であり、この会の顧問をお引き受けいただいた柳田冨美子様のご快諾を得ることができて、原文はそのまま手を加えずに、現代仮名づかいと新漢字体に改め、また当て字はひら仮名に直し、漢字には読み仮名をできるだけ多く付け、最小限の用語解説などを加えて、高校生でも辞書なしで読めるようにして、できるだけ低価で出版することにいたしました。

 最後に、どうかこの『先祖の話』が一人でも多くの皆様に読まれ、素晴らしい「ご先祖様」を大切にして、幸せな家庭を築いていただけたら、と私たちは願って止みません。

平成20年8月吉日

柳田國男『先祖の話』を読む会 
発起人会 一同

代表 小畠 宏允

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